【夕焼け小焼けのメロディタワー】日本初、あの音色が響き渡った沖美町の記憶

日本の夕方を彩る、どこか懐かしいあの音色。実は、全国の街で流れる「夕焼け小焼け」の防災チャイムには、知られざる「第一号」の場所があります。

それが、私たちの会社があるここ、沖美(おきみ)町の林山(はやしやま)にぽつんと立つ、一本の防災スピーカーです。

復興の祈りをのせた、日本初の場所

戦後の広島。人々が懸命に復興へと歩みを進める中、町の人々がある一つの曲を選びました。それが「夕焼け小焼け」です。
町の中で最も夕焼けが美しく輝く、林山の広場。ここに設置されたスピーカーから、夕方になると優しいメロディが流れ始めました。これが、のちに日本全国へと広がっていく「夕方のチャイム」の、記念すべき最初の一歩となったのです。

「沖が美しい町」と書いて、沖美町。
その名の通り、瀬戸内の美しい夕暮れに包まれるこの場所こそ、日本初のチャイムが鳴り響くのに、これ以上ない最高の舞台でした。

賑わいの本通りと、見守り続けた一本の象徴

かつて、このスピーカーの周辺は「本通り」と呼ばれていました。
戦後の活気に満ちあふれ、大勢の人々が行き交い、賑わっていた時代です。
当時、この場所は親しみを込めて「メロディタワー」と呼ばれていました。夕方になると鳴り響く音色は、家路につく人々に時間を知らせ、元気に遊ぶ子供たちを優しく包み込む、街のあたたかな象徴だったのです。

戦後メロディタワーと書かれた支柱
↑当時の写真
↑現在の写真

姿を変えても、変わらない音色

月日は流れ、いまはもう「メロディタワー」という看板はありません。
昔ながらの木製の柱から、近代的な防災スピーカーへと、その姿も生まれ変わりました。

けれど、スピーカーは今もまったく同じ場所に立っています。
そして今日も変わらず、あの頃と同じ「夕焼け小焼け」の美しい音色を、この街に響かせています。

姿を変えながらも、同じ場所で街を見守り続けるスピーカーの姿には、どことなく胸が熱くなる思いを感じずにはいられません。

この防災スピーカーは、「夕焼け小焼け第一号」という誇りであり、私たちが未来へと語り継ぎ、遺していくべき大切な地元の歴史なのです。

今回、地元の自治会や、近くにお住まいの高齢者の方々にお話を伺うことで、この貴重な歴史を明らかにすることができました。もし聞き取りをしていなければ、いつの間にか消え去り、忘れ去られていたかもしれない宝物です。この温かい街の記憶を絶やすことなく、次の世代へと繋いでいくこと。それも、この街で生きる私たちの役目なのかもしれません。今日も林山からは、変わらない夕暮れのメロディが聞こえてきます。